第434回 走り出す瞬間

こんにちは。
新潟県立長岡高等学校出身、B類保健体育専攻2年の遠藤幹康と申します。
現在男子短距離ブロックに所属しており、400mHを専門に競技をしております。
今回コラムの依頼を受けましたので、拙稿ではありますが高校時代の経験とそれを通しての現在の考えを書かせていただきたいと思います。

今年で陸上歴14年目、ハードル歴10年目になります。人生の半分程の期間ハードルを跳び続けていると思うと感慨深いものです。サッカーをはじめとする球技が究極に苦手になる程陸上競技に関わってきたわけですが、高3の春過ぎまでは大学で陸上を続けるという強い意志はありませんでした。しかし、高3の夏に気持ちが変わるきっかけがありました。

――北信越大会を自己ベストで優勝し、ランキング9位でインターハイを迎えようとしていました。しかし、インターハイに向けて練習している最中、左ハムを肉離れしました。その時既にインターハイまで3週間を切っており、ただただ回復を待つばかりでした。しかし、その後も思うように行かないもので、インターハイ出発4日前にようやくハードル練習に戻れたと思った矢先、また同じところを肉離れしてしまいました。もう”泣きたい”とか”ショック”という感情すらないほどに「あ、終わった」とただただ唖然としていました。インターハイ欠場という選択肢ももちろんありましたが、個人的にその選択は許せませんでした。高校最後のインターハイ、テーピングぐるぐる巻きで走った64秒間は忘れられません。
このまま陸上人生を終える訳にはいかない。絶対大学でリベンジする。某タカサキ君が発しそうなフレーズではありますが、こうして、私は大学で陸上を続ける意志を固めました。

入学した、憧れの学芸。
先輩方の勢いに追いつこうと必死に練習をし始めた頃から早1年が経ちました。高校時代のベストを更新できないまま大学1年シーズンを終え、冬練では500+300+600+200、300×3×3など、思い返すとよく走れたな、と自分に感心するほどの距離を走ったり、遅くまで短長全員でメディシンを丘の上に投げたり、というメニューを行いました。この辛い冬練の成果が出たのか、4月頭の初戦では22ヶ月間更新できなかったベストを更新することが出来ました。

話は変わりますが、昨年から東京学芸大学陸上競技部という集団、その中でも短男、短長という集団の中で競技してきて、他者の存在の大きさに気付かされることが多々あります。特に、共に練習することが多い短男同期の5人はいい刺激を与え合える、本気で一緒に頑張りたいと思える仲間です。これからもよろしく。!

現在チームは関東インカレに向けて奮励しております。私にとっては選手として初めて参加する関カレです。今、学大陸上部として活動出来ている喜びと、高校時代の想いを全力でぶつけたいと思います。

主に自分史になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。