第439回 『私の選んだ道』

失礼します。愛知県立豊橋東高等学校出身、E類生涯スポーツコース2年原舞奈です。現在中長距離ブロックに所属させていただいております。今回、コラムを書かせていただきます。素晴らしい文は書けませんが、最後まで読んでいただけたら幸いです。自分が陸上をはじめた経緯からなぜ3000mSCをしているのかを話させていただきます。
 私は中学ではソフトボールをしていました。ポジションはピッチャーで、下半身の土台づくりのために中学2年の秋から駅伝部に入部しました。初めはソフトボールのために始めた長距離走だったけど、走ることが楽しいと思えるようになりました。苦しい時、しんどい時、胸がむかむかするけどそれを耐えて走りきった時の達成感、この感覚が何とも言えない心地よさで私は大好きです。そして、今日の練習もやりきった!って思える瞬間にいつも快感を覚えます。これが陸上の魅力だと思っています。高校でソフトボールか陸上のどちらをやるか迷いましたが、本気で一から陸上をしてみたいと思い、陸上をすることにしました。私が高校3年間の中で一番印象に残っている試合は、高校3年の10月エコパで行われた記録会です。全国の強豪校の方と走れるこの記録会では、自己ベストを大幅に更新、目標とする人にも勝つことができました。このレースは今までのレースの中で辛い時に一番粘れ、且つ一番楽しいレースでした。この時、全国大会でこの人たちと戦えたらどんなに楽しいんだろう、強くなりたいと心から思いました。しかし、この試合をピークに私の高校での陸上は下り坂になってしまいました。受験への不安や焦り、陸上との両立することの大変さに負けてしまい、体調を崩して入院をしてしまったりと肝心な駅伝で思うような走りができませんでした。この悔しさが大学での陸上の原動力となっています。
 大学に入学し新しい環境になり、思うように走れない日々が続きました。5月の関カレでは大勢の人の目の前で、人生で初めて最下位を走る経験をしました。この後数日間精神的にどうかなりそうでした(笑)自分が嫌いになり、走るのも嫌になり、泣いても泣いても変わらない現実、走れない自分と向き合うことに疲れてしまい、練習に行くのが辛くなりました。入学して四ヶ月を過ぎても思うように走れない毎日が続きました。そんな時、障害があるならば楽しいって思えるのかな、標準のレベルも狙えるタイムだから挑戦してみようと思い、大学1年の8月、初めて3000mSCに出場しました。その時、私は大学に入ってから初めて、走ることってやっぱり楽しいなって思うことができました。そう思えたことが嬉しくて3000mSCで関カレ、全カレで入賞を目指そう!とその時心に決めました。
3000mSCは、私をこの感情にさせてくれた、私にとって特別な種目です。大学2年になり、環境にも慣れて、今では思いどおりにいかないから陸上って楽しいし、正解がないから自分で計画すること、それをどれだけ信じてやりきれるかが大事なんだと考えられるようになりました。私はこの種目で必ず全カレで入賞、日本選手権に出場を達成してみせます。思いっきり陸上に打ち込めるこの環境に感謝して、目標に向かって生活していきたいと思います。
長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。