第518回「誰かのため>自分のため」

平素よりお世話になっております。山梨県私立駿台甲府高等学校出身、A類保健体育選修4年の八巻一紗です。この度はコラムを書く機会をいただきありがとうございます。引退してからはや4か月、最初で最後のコラムってことで何を書くか悩みましたが、私がなぜ4年間競技を続けることができたのかを綴らせていただこうと思います。ありきたりで拙い文章ですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。
大学での競技を続けようと決めた理由は、決して特別なものではありません。高校時代、陸上競技が好きだったこと、そしてまだまだ自分にはできることがあると信じていたからです。結果や記録以上に陸上競技のある日常そのものが、私にとってかけがえのないものでした。
しかし、大学に進学してからの日々は、思い描いていたものとはかけ離れていました。怪我は繰り返す、体調は崩す、朝起き上がることすらできない頭痛。頑張りたい気持ちだけが先走り、みんなと練習できない現実を受け入れることができなくなっていきました。
休部…やめたい…という言葉が頭をよぎるようになったり、集合日の前日の夜になると、練習に行きたくない気持ちから眠れない日も増え、体調を崩す、悪循環に陥ってしまいました。それでも、空きコマがあれば同じ学科の同期とグラウンドに自然と足が向いて、同期や部員と他愛のない会話をする時間に、気づかない間に救われていました。特別な理由がなくても、そこに居たいと思えた場所があったこと、それが私にとっての陸上競技でした。
最後の1年は、もう一度覚悟を決めて挑もうとした矢先、疲労骨折をし、合宿にも参加できず、気づいたらシーズン中は松葉杖をつく日々が始まっていました。それでも私は、その場から逃げることを選びませんでした。レーンに立てないこと、ピットに立てないことへの悔しさは消えないけど、懸命に競技と向き合う仲間の姿を、少しでも近くで支えたい、チームの力になりたいという想いが、私を前に進ませてくれました。自分が積み重ねてきた行動が、誰か一人の心に届いていたなら、それ以上の喜びはありません。
4年間、主要大会に出場することは叶わず、納得のいく結果を残すこともできませんでした。それでも、私は、私なりのやり方で陸上競技と向き合ってきました。その時間があったからこそ、今の自分がいると思っているし、このコラムが書けていると思っています。
同期のみんなへ。4年間、こんな私を受け入れてくれて本当にありがとう。みんなの存在がなければ、ここまで競技を続けることはできなかったと思います。
最後になりましたが、4年間、私を支えてくださった方々、本当にありがとうございました。
引き続き、東京学芸大学陸上競技部への温かいご支援・ご声援を、よろしくお願いいたします。