第444回 『みんなのおかげ』

こんにちは。岡山県私立金光学園高等学校出身、A類保健体育選修2年の大原健太郎です。現在、男子短距離ブロックに所属しております。
今回、コラムを書く機会をいただきました。こんな大真面目な文章を書くのはとても恥ずかしいのですが、せっかく書いたので、読んでいただけると嬉しいです。
たぶん、この名前をみるのは初めての人が多いのではないでしょうか。大会の速報などにも出たことありません。そう、雑魚なんです。そんなやつがなんで大学生にもなって競技やっているんだ!そう思いましたよね。僕も思います。
ということで、今回は、私ごとで申し訳ないのですが、自分が今まで競技を続けてきた理由について話したいと思います。
私は、小学4年生の頃から陸上競技を続けています。高校の時に、4×100mリレーでインターハイには出たものの、個人では、特にこれといった成績もなく、どこにでもいるような競技レベルの人間です。
そんな私が大学生になってまで、競技を続けている理由は、3つあります。
1つ目は、純粋にもっと速く走りたいと思っているからです。
高校3年時にベストを更新して以来、2年半近く更新できていません。正直、やめたいと思うことはたくさんありました。でも、ここで終わるわけにはいかない、もっとタイムを出したいという思いでまだ競技を続けています。
2つ目は、陸上を始めてからずっと応援、サポートしてくれている家族に結果という形で恩返しをしたいと思っているからです。
高校の時は、中国地方はもちろん、遠いところで山形まで応援に駆けつけてくれました。今まで、たくさんの試合に応援に来てくれて、今でも、近くの大会に出るときは、応援に来てくれます。大学生になってまで、陸上を続けることができるのは、家族のサポートのおかげです。今まで、そして大学での4年間、多大なるサポートをしてくれる家族に、何か形として残せるようにもっと頑張ります。
3つ目は、私が今まで陸上競技を通して出会った人たちが素晴らしい人たちばかりで、そんな人達に憧れていることと、近くにいたら自分もなれるかなと思っていたことです。
小学生の頃からずっと、身近に自分より足が速い人がいました。小学生の頃は、純粋にそいつに勝ちたいという気持ちで陸上をしていました。
中学高校では、そういった気持ちもありましたが、自分より数段レベルが違う人達がたくさんいたため、勝ちたいというよりかは、自分もあの人達みたいによりレベルの高い舞台で戦いたいという思いで競技をしていたように思います。ブロック大会、インターハイに出場し、競技者としても人としても素晴らしい先輩、同期、後輩など、本当に自分にはもったいない出会いがたくさんありました。身近にそんな仲間がいたことは、自分にとって刺激的な日々でした。
また、恩師にも出会いました。恩師は、現役時代に輝かしい成績を残されている先生で、たくさん迷惑をかけてしまいましたが、自分を競技者としても強くしてくださいました。
そして、憧れを捨て切れず、大学でも陸上をやっています。大学にも、尊敬する人たちはたくさんいます。特に、同期で練習を共にすることも多い、2年短男のみんなのことは、競技者としても人としても尊敬しています。
良くも悪くも我が強い、蒼生。よく滑るけど、走りで魅せてくれる池内。みんなを引っ張ってくれるジョー。スーパー控えめだけど、一番強い幹康。いつもボケてくるけど、根はめちゃくちゃ真面目なたける。
みんな自分にはもったいないくらい良い同期で、見習うことは本当にたくさんあります。
ここで紹介したのは、ほんの一部で、他にもたくさんの尊敬すべき仲間がいます。こんな僕と仲良くしてくれて、そして一緒に戦ってくれて、みんなには、本当に感謝しかないです。
私は、おそらく大学で陸上競技から退きます。もうあと2年もありません。こんな結果で終わるわけにはいきません。まず自己ベストを更新して、こんな自分が言うのはおこがましいかもしれませんが、関東インカレや全日本インカレという大きな舞台に立ち、自分にとって何かが残せるように、陸上をやってきてよかったと支えてくれた家族やみんなに胸を張って言えるように、学大のみんなともっと精進して参ります。
最後まで読んでくださりありがとうございました。