第514回「着物をもらうということ」

失礼します。福島県立安積黎明高等学校出身、A類保健体育選修4年の大和田凌矢と申します。先日までトレマネブロックに所属し、学生トレーナーとして活動しておりました。教採に実習、部活動と怒涛の夏を無事に終え、自室でつらつらこの文章を書いています。これがコラムを書く最後の機会のようですからできるだけ多くの人に読んでいただきたいものですね。

 私、けっこう本を読むことが好きなんです。上京してからもかなりの数を読破したと自負しています。今日はその中で最も印象に残っている一節を皆さんに紹介します。

「死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色の細かい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。」

これは太宰治の短編集『晩年』における「葉」の冒頭部分の一節です。ほとんどの方にとってはじめましての一節だと思われます。どのような印象を受けたでしょうか。私は初めてこれを読んだとき、この一節が持つリズムと叙述性の美しさにひどく感銘を受けたことを覚えています。これは私の解釈ですが、太宰は皆が大義や信念を持って生きているのではなく、ここで着物をもらった主人公のように日常の中に溢れる些細な出来事に幸せを見出し、それを糧として人生を歩んでいるということを伝えたかったのかなと思います。

 さて、ここからが本題です。部活動を完全に引退し、時間を持て余す今だからこそ強く実感していることがあります。それは、私にとって部活動とはここで言う「着物」そのものであったということです。知り合いゼロで上京し、大学生活への漠然とした不安を持っていた私の心を満たし、潤してくれるそんなスーパーな着物が部活動でした。何か大変なことやつらいことがあっても部活に行けば、個性的な同期がいる、話してくれる上級生がいる、頼ってくれる後輩がいる。私は部活動という着物に生かされていたのだと感じます。そう考えると感謝してもしきれませんね。

 でも、少しだけ心配なことがあるんです。それは、私自身みなさんから着物をもらっていたわけですが、はたしてもらうばかりでちゃんとお返しはできていたのだろうかということです。私がみなさんとの会話や競技をする姿から力をもらっていたことを考慮すれば、必然的に私からのお返しはトレーナーとしての活動ということになりますね。ふとこの活動を振り返ると苦労しながらもセンスを磨き、挑戦し続けた4年間であったように思います。テープやマッサを褒められるときもありましたが、同期の怪我をどうすることもできないもどかしさを感じるときもありました。それでも私にテープやマッサをお願いしてくれたり、コンディションを話してくれたりする選手が多くいたのも事実です。これに関しても本当に感謝してもしきれませんね。私と関わり、サポートを受けた選手のみなさん、私の活動はどのように見えていましたか。ちゃんとお返しできていたでしょうか。着物は帯が必須ですよね。みなさんにとって私の活動が小さいけれど無いと困る、まさに帯のような存在だったと思ってもらえるものであったならバンザイものですね。

 ここまで読んでくれた方の中には勘付いている人もいるでしょう。私は部活を先日引退したため、しばらく「着物」をもらっていないということになるわけです。悲しいですね。でも、だからこそ着物の存在に気付けたのかもしれません。「大切なものは失ってから初めて気付く」なんて言葉もあるくらいですからね。まあ気付くの遅くないか!?とは思いますけどね。でもよかったですね、まだ部に所属しているみなさんは引退する前にこの事実に気付くことができたのですから。怪我で思うように競技に取り組めない選手、高校時代の記録と日々戦う選手、少しずつ成果が出はじめた選手。それぞれの状況で奮闘する選手を私は近くで見てきました。トレマネのみなさんも含めてどうか忘れないでほしいのはその誰しもが着物を送ることのできる唯一無二の存在であり、互いに送り合えるその素敵な関係性が多分に生み出される部活動という場は本当に貴重なものであるということです。ぜひ部に所属しているうちにたくさん着物を送り合ってくださいね。もちろん帯も。

 私はトレーナーとしての活動を「完遂」しました。部に所属しているときは「志」を高く持って活動し、引退後はこうして着物を送り合える素敵な関係、「知る繋がる称え合う」ことのすばらしさを実感することができました。いや「新風」って使うの難しいな。まあひとまず「新風」のきれいな使い方を考えたり、新しく着物を送ってくれる存在を見つけたりしながら生きていこうと思います。

 こんな長い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。そして、約4年間本当にお世話になりました。学大の陸上部に所属しトレーナーとして活動することができたことを誇りに思います。私と関わったすべての人に心からの感謝とエールを送らせていただきます。