第478回「独り言」

こんにちは。新潟県立国際情報高等学校出身、B 類保健体育専攻3年の仲嶋嵩人です。男子混成ブロックに所属しています。この度、コラムを書かせていただく機会をいただき光栄に思います。何を書くか悩みましたが、「言葉」について私なりの考えを書いてみようと思います。個人的な意見であり、この文章を読んでいただいた方へ何が伝わるかは私自身も分かりませんが、精一杯書かせていただいた私の主張に最後までお付き合いいただけますと幸いです。

早速ですが、辞書によれば「言葉」とはとても広い内容を指すものですので、紙面が余る心配がなくなり一安心しました。 しかしながら、言葉はとても扱いが難しいものであると様々な経験を通して痛感しています。例えば「りんご」という単語からイメージする「りんご」は、概要は同じであっても細部は人それぞれ異なり、細部まで全く同じイメージを持つ人を探すことは困難かと思います。このことを陸上競技に置き換えるならば、言葉というツールを用いてアドバイスを行うこと、もらったアドバイスを活用することは困難であると言わざるを得ないと考えてしまうのです。言葉によるアドバイスは、各々が自身の感覚を表現しやすい言葉に再言語化して相手に伝える行為であり、タイミングなどの感覚的な内容になるほど言語化したときに個人差が大きくなるように感じます。アドバイスを受け取る側にも当然それぞれの受け取り方があり、言葉で表現した感覚を他者へ伝える・意図を理解して活用することはとても難しいと考えます。動画を用いたアドバイスも同様で、動きの良し悪しを判断して伝えることはできても、その根拠や改善方法を言葉にして伝えるときに、言葉の捉え方の違いが問題になることが少なくないように感じます。私は、決してアドバイスの有効性を否定しているわけではありません。同期の皆さんはもちろん、先輩や後輩、陸上競技を続ける中で関わってきた様々な人から頂いたアドバイスのおかげで何とか競技を続けることができていることを私は強く実感しています。大切なのは、自身の感覚にぴったり当てはまる言葉やアドバイスをくれる人を探すことだけではなく、頂いたアドバイスを自分の感覚に最も都合がよい言葉 に変換して自分の感覚と紐づけする努力をすることであると考えます。また、より正確に伝えるために対話を重ねることも、時には面倒かもしれませんが欠かすことができない要素の一つであり、この対話が積極的に行われている部の雰囲気が個人的にはとても好きです。
冬季練習を終えて迎えるシーズンは、学部最高学年として迎えるシーズンでもあります。

これまでに培った経験を最大限に生かし、良い仲間に恵まれた環境で陸上競技ができていることに対する感謝を忘れずに、後悔のないシーズンとすることができるように頑張りたいです。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。