第437回『普段は言えないこと』

『普段は言えないこと』

皆さんこんにちは。生涯スポーツコース4年の古川剛正です。私は現在、男子短距離ブロックに所属しています。 今回はこのような機会を設けていただき、ありがとうございます。今年、入学以来の念願であった関東インカレへの出場を果たすことができました。その時、私の中で一番印象に残ったことを中心に、普段は照れくさくて口には出せないようなことを書こうかなと思います。ありきたり且つ稚拙な文章ではありますが、最後まで目を通してもらえると幸いです。 先程も述べたように、私は今年ようやく関カレを走ることができました。関東の大学で陸上をしていたら、関カレは誰しもが目指す舞台だとは思うのですが、私は特に関カレの4継にこだわりがありました。 そのわけは昨年の関カレです。昨年、私は4継の補欠としてエントリーされていました。補欠である以上、4人のうちの誰かが怪我などで離脱しないと、私が走る機会はありませんでした。しかも、4継に名前はなくとも、昨シーズンは1個下の狩野が200mで標準を切り、好調だったので、実質的な4継の補欠は狩野でした。 そして大会当日、チームのエースであった寛大さんが100mの決勝で怪我をして、その後の4継の決勝は狩野が走りました。客観的に考えて分かってはいたことですが、やはり悔しく、応援の後に臼井に慰められ、来年こそは、と強く思ったことを今でも鮮明に覚えています。 それから1年が経って、関カレを走ることができるチャンスが舞い込んできました。しかし、誰しもが知っている通り、私は関カレの標準切りの最後の試合が終わった後、4継の決勝で2走を走ることを告げられてからというもの、寝ても覚めても緊張しっぱなしの日々でした。周りは、「今から緊張してどうすんだよ」や、「今からそんなんじゃ疲れますよ」と笑って声をかけてくれましたが、それでも自然に受け答えができないくらいに緊張し、試合でまともに走れる気がしませんでした。 そんな折、京平が僕に声をかけてくれました。それは、対校戦である関カレでこんなことを普通は言えないが、レースを楽しめ。4継の決勝の、しかも2走で、周りは100の決勝に残るような凄い奴らばっかりだろうけど、だからこそ、そこで良い走りができたら、それが今後の古川の陸上人生において大きな意味を持つことになる。今回選ばれたのは、古川の日頃の努力が認められたということなのだから大丈夫だ。というものでした。私は、この言葉のおかげで関カレの決勝を走り切ることができたと思っています。 この京平の言葉が、関カレにおいて一番印象に残っていることです。 このような言葉をかけてくれた京平には感謝しかありません。 また、京平以外にも、常に切磋琢磨してくれている短男、特に同学年の皆には感謝しています。皆、本当にありがとう。