あけましておめでとうございます。北海道札幌西高等学校出身、A類保健体育専修三年の岩本崚と申します。跳躍ブロックにて走高跳をやっております。新年一発目のコラムということで、部活一の福男が綴った方が良いのでしょうが、残念なことに私はこの部活の怪我病気請負人です。今回は一年の秋に怪我をして、約九か月後に高跳び選手として復帰するまでの間に私が感じ、考えたことを綴らせていただきます。こんな人でも自己ベストを更新できるのだったら自分にだってできる!と自信を付けてくれたら嬉しいです。
大学一年の九月、ウォームアップのランジ動作で左脚を踏み込んだ際、鈍い音とともに、膝の中で何か硬いものを潰したような感覚がありました。急激に左膝内側が腫れてきて、痛みでまともに歩けなくなりました。半月板をやったな、そう確信しました。私は高校三年の時に同じ怪我をし、手術を受けています。人生で二度目の半月板損傷を悟り、陰鬱な思いでグラウンドを後にしました。一度目の手術のリハビリが終了してから、一か月後のことでした。
再手術後すぐ、競技を引退するよう医者から勧告を受けました。専門種目を変更したり、トレーナーとして陸上部に残ることを検討したりと紆余曲折ありましたが、仲間や先輩の支えもあり(もう本当にいい人達ばかり。愛してます。)、再発に注意しながら走高跳を続けるという選択をしました。しかし、振り出しに逆戻りしたリハビリのメニューを前に、気持ちは自分でも嫌になるほど沈んでしまって、正直に申しますと一年の冬季練習中、毎日のように競技を離れようと思っていました。もういつでも辞められるんだから、せめて今日だけは頑張ろうという謎の根性だけで、一日一日部活を乗り越えていたのを思い出します。怪我あるあるですが、リハビリをやっていると、好きでやっていたスポーツに対して、どうしてこんなに辛いことをしているのだろうという思考に陥ることがあります。グラウンドに入り、荷物を置き、またすぐグラウンドを出て、別施設でリハビリを行う、この繰り返しが精神的にしんどかったです。その中でもグルグルと考え続けた末、私なりの挫折との向き合い方に辿り着きました。それは挫折や失敗をした時、それによって広がる自分の可能性の方に目を向け、「これからの人生で人と関わる以上、無駄になる感情は存在しない」と現状を受け入れることです。
私は将来小学校の教員になります。教職は人との関わりそのものが仕事です。将来沢山の人と関わっていくことが前提にあるのならば、自分の経験する全ての感情は、例外なく自分の強みになると気付きました。半月板を手術で摘出した人は、半月板を手術で摘出した人の辛さや恐怖を知ることができます。不運な自分を嘆き努力を放棄した人は、頑張ることができない人の悔しさや苛立ちを少しだけ理解することができます。
陸上人生で考えると、確かに怪我や病気は不幸かもしれません。競技に全力で打ち込める環境と身体が両立されている時間には限りがあります。しかし、これから先の私の人生で考えると、この恐怖や悔しさは絶対にプラスに働きます。それが発揮されるのは明日、友達の相談に乗るときかもしれないし、若しくはおじいちゃんになって孫の悩みを聞いているときかもしれないです。
そのため、現在の私は沢山の経験を通して、色んな自分の気持ちと向き合うことを目標にしています。特に、純粋な心を持つ児童達と生涯通じて関わっていくと決めたからには、純度の高い気持ちというものを大切にしたいと思います。楽しいことを心から楽しいと感じることや、苦しいことをちゃんと苦しむこと、すごいことを素直にすごいと認めることは、歳を重ね成長するにつれ、難しくなっていきます。私はこういった心の在り方を忘れないようにしたいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。