1年生コラム「下心」

千葉県成田高等学校出身、A 類保健体育専攻1年の芹川和秀と申します。三段跳を専門種目としております。この度、数々の素晴らしい文章が綴られてきた部員コラムに自分の文章を載せる機会を頂き、大変光栄に思うとともに、ハードルの高さにプレッシャーも感じております。しかし、私という人間がどのような思いをもって陸上競技に向き合っているのかを少しでも知っていただけるよう全力で書きますので、最後まで読んでいただけると幸いです。

突然ですが、皆さんは「下心」をもって行動したことがありますでしょうか?私も思い返せば数々の記憶が蘇ります。ある時は好きなあの子を振り向かせるために優しさを見せてみたり、ある時は成績を上げたいから苦手な先生に愛想を振りまいてみたり...冗談はさておき、誰しも持ったことがあるであろう下心ですが、同時に少し暗いイメージがあると思います。自分も以前まではそうでした。しかし、今は自信をもって下心をもって接することができる存在ができました。それは、陸上競技です。私は陸上競技に下心を持っています。意味不明だと思うので説明させていただきます。
私は今まで、陸上競技に「勝ちたい」という感情を込めることを恐れていました。陸上競技を始めたての頃は、ただ純粋に陸上競技を楽しんでおり、それは今でも変わりません。しかし、中学、高校とより勝敗が明確化されていく中で、「勝利」という欲が出てくることが多くなっていき、この欲に埋もれていく恐怖から、無意識に勝利への欲を押しとどめて「楽しむ」と無理やり言い聞かせていました。今思えばそれが結果的に勝負からの逃避につながり、同時に「楽しむ」ことを阻害していたように思います。
そんな時、一冊の恋愛漫画が、私が陸上競技に対する「勝利」という下心を持つことに自信を持たせてくれました。その作品のなかの言葉で、「下心は心なんだ。持って当然だ。」という言葉が存在します。この不器用な女の子の恋心を後押しする言葉が、私には「陸上競技は勝ちたいと思って当然だ!それも楽しむ要素じゃないか!」と言われたように感じたのです。勝利を目指すことも含めて楽しんでいたのを、いつの間にか「勝利」と「楽しむ」ことを区別化してしまっていたことに気づくことができたのです。そこからというもの、私は「あの人に勝ちたい」「あの人を見返してやりたい」「恩返しをしたい」等、下心全開で陸上競技に取り組んでいます。欲を出すことで、逆に今まで以上に楽しめてもいます。
私が、「勝ちたい」という下心をもって陸上競技を楽しんでいるように、陸上競技には様々な楽しみ方があります。そして、楽しみ方は人それぞれです。もしかしたら楽しくないけどなんとなくやっているという人もいるかもしれません。それもまた人それぞれです。しかし、せっかくやるならば楽しみたいではありませんか!ならば、一度、自分が陸上競技に取り組んでいるのはなぜなのか。何を求めているのか。それを含めて見つめなおしてみてはいかがでしょうか?そこで見つかったものこそあなたが陸上競技に持つ下心です。その下心に素直に向かっていけば、きっと自分なりの楽しみ方が見出せるでしょう。

そしてこの話は陸上競技に限った話ではありません。この世のすべての行動には下心が潜んでいると私は思っています。その下心を自覚し、その下心に従って突き進んでいけば、あなたは理想に近づけるはずです。
下心を持つことは決して悪いことではありません。持って当然なのです。なぜなら下心は心なのですから。